もうこのままでは生きていけない

35歳。女。会社員。一人暮らし。

批判

批判が飛び交うこのポイズン浮き世。
皆さま、サバイブしてますか?

批判というのはそれが正論であれ無茶苦茶であれ、
人の視野をぐっと狭めて固定させる魔力がありませんか?
批判する時は必ずある一定の立場に立つから当然ともいえますが。

批判の言葉は自分の正面だけにビーム指向性で発射されていく。

前後左右見ていては誰も批判出来ないから。
彼の事情や彼女の苦悩に思いを致しては批判出来ないから。

多くの可能性を切り捨ててこそ批判は成立する。
その物言いに快感を覚える人のなんと多いことか。
そういうわけで郵政は民営化し派遣社員は激増した。
ポイズン!


ところでこの「思いを致す」というワードは私の皇族プレイの時は必ず使います。
主に国民の苦しみに思いを致している。
お誕生日に談話を発表しますので。
どこかの宮さまと婚約した会見もいたしました。
結婚を決意したタイミング聞かれちゃったりした。
「宮さまは....わたくしをいつも導いてくださり.....春頃でございましたか、お電話でお話いたしました時に.....申し上げてよろしゅうございますか?(宮さまを見上げる)」
不敬罪があったら投獄よ。

ベートーベン250

いやあ祭りですなあ。

ベートーベン生誕250年ということでNHKで組まれている特集。

年末までおよそ50の番組が放送されるそうで。

昨日はその第一弾?かな?

クラシック音楽館が特集仕様になってましたね。

 

なんといっても指揮の広上先生の話をもっと聞きたかったですね!

現役の一流の人の話は面白いなあ。

「この年になるとベートーベンはしんどいな、いやだなと思う」

みたいなことを仰っていたので、

やっぱり一流の方でもそんな気持ちはあるんだな、では私のような者が怠けるのは

自然の摂理、などと思いながらまたゴロゴロしてしまった今日。

 

広上先生雑感

・あの中の白いとっくり的な服は何着お持ちなのかしら

・あの赤のような紫のような腕時計はどこのメーカーかしら

・パン!パン! の音声で目覚まし作ったらどうかしら

・それはほぼ「ぶんきゅーう!さんねーん!」目覚ましでは?(水曜どうでしょう)

・あいづちの「おっしゃる通り」がうまいなあ 気分いいなあ

・あの大きな頭蓋骨の中には音楽や思想がびっちり詰まってるんだろうなあ

・なんか広上先生見ると絶対ずんだ餅食べたくなるんやけどこの気持ちなんなん

・いかん藤やんが邪魔でしょうがない(水曜どうでしょう

 

対談相手の吾郎ちゃん雑感

・やはり何十年もバラエティーの世界で鍛えた地力がございますな

・特徴的なワードを繰り返す時の声の張り方や緩急のつけかた、淀みのない進行など、テレビの様式美を感じますな

・中居くんや慎吾ちゃんを見ても思いますが、SMAPの方というのは、

本来の自然の性質が、村上春樹風にいえば「損なわれてしまった」雰囲気を感じますな

SMAPであるというのは大変なことだったんだな

座右の銘が「人に期待しない」とのことですが、それは人を求めてやまない気持ちの裏返しなのではないですか

 

バイエルン放送交響楽団雑感

ファゴットの人の溢れるムードはなんなんですか 誰かをデートに誘うつもりですか

・ホルンの人と第二ヴァイオリンの人のフレッシュさはなんなんですか

・ヴァイオリンの美人がすごい美人だ

コントラバスに心優しい怪物のような方がいませんか

・なによりティンパニの人の全力ぶりは目を奪われます 楽譜を覚えたての人のように見えます

ヤンソンス大先生を見てうっすらと浜ちゃんがよぎる自分の脳が憎い 出前館が憎い

 

第三番英雄は、私の単純な脳にはちょっと盛りだくさんすぎる感じ。

要素が多くて、聴き終わったあと、何が何してどうなったんだっけ~??ってなってしまう。

もう・・・勘弁してください!って感じ。

聴く回数の問題かな?

 

 

 

 

おばあちゃん(最初だけ)

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

 

私の祖母は満八十八歳だ。

 

ところで皆さん自分の年は満で認識してますか?

私は20代後半から数えに切り替えました。

それというのも、女は30になる時にどえらいダメージを受けると聞いていたので。

誕生日が8月なのを利用して、ショックを和らげようと数年単位で画策したわけです。

お正月を迎えたら一つ年を取るんだと。

昔かよ。

 

27くらいの時はなかなかうまくいかなかったですけどね、

もう最近なんかすっかり板についちゃって。

誕生日になった時に、いやあ、私ももう35かあ。

・・・いや?あれ?えーと?(電卓で計算)あら!まだ34やん!

もうけた~。

 

そしてまたお正月になって、いやあ、私ももう36かあ。

・・・いやいや?デジャヴ?えーとえーと?(電卓で計算)

あら!今年は35やん!

もうけた~。

 

どうですか。一年に二回も儲けられるんですよ。

まじライフハック

 

ばあちゃんの話はどうしたんだよ。

 

 

夕方のサウナ

サウナに行くのは概ね仕事帰りなので、平日の21時以降が多い。

私の住んでいる田舎では、21時は夜遅いということになる。

全体に人もまばら、サウナ室に至っては貸切もしくは多くて3人程度。

 

仕事で傷ついた心と頭で、人気のない熱い部屋にじっと座っていると、

この身に受ける理不尽が熱となって迫ってくるような気がしてくる。

サウナの熱は人生の苦のメタファーなのだ。

その理不尽に耐え座っていると、汗がじわじわと滲み出てくる。

もちろんこの汗は涙のメタファーだ。

 

全てが限界に近づいた時、サウナ室を出て水風呂に入る。

汗は流れ、熱はすっかり引いていく。

キーーンという冷たさに霧散していく。

ふと我に返って水風呂を上がる時、私の身から厄という厄は落ちている。

 

かように平日夜のサウナとは孤独のかたまりだ。

 

昨日は休みで、こなさなければならない用事も無く、

ついフラフラと夕方16時から昭和型スーパー銭湯へ。

 

まあなんというマダム天国。

2、3人ずつのグループで交わされる話題の数々は、今日でなければ口に出さないことばかり。

今日買った珍しい野菜は胡麻和えにしようかな、今日はお父さんは同窓会なんさ、あんた今日は火曜日やのにどうしたん、孫を送ってきたで遅なったんさ、涼しなったなあ朝は寒いぐらいやが(×3)

テレビへの年季の入ったあいづち。

「なんでわざわざそんなことすんの?」

「まあええわさ、家族で殺し合っとるだけやでさ」

 

圧倒的な日常力。

気持ちいい程度に熱さを楽しみ、クールダウン程度に水を浴びる。

リフレッシュして、また家族の中へ帰っていく。

 

これでなくっちゃ。このゆるぎなさ。

こうして人類は命をつないできたのだな・・・。

 

 

コンサートの思い出

クラシック音楽館を聴き終えてゴミ出しに出ると秋の空気。

からっとしたこの空気、何日ぶりかしら。

 

武満徹 弦楽のためのレクイエムは真剣に聴いたのは初めて。

音が空気を振動させてるのが目に見えるよう。

 

それにしてもチラチラ映る客席のゆとりがすごい。

いつもコンサート行くと、あの客席の狭さがどう克服するか考え所なんだよね。

足元ぎゅうぎゅうで、横もぴったりで。

座っている間中他人との距離がずーっと近いから、

舞台上の気配を真剣にかぎとろうとすると、もれなく他人の気配も入ってきてしまう。

もちろん自分もその他人なんですけど。

 

だから演奏中は大きな耳になるつもりでいる。

ただの感受体になるというか。

総合人間力を弱めて自我の気配を消し、聴くだけの存在になろうとするというか。

幸福にも隣など近い席の人が同じスタンスだと、無の存在同士の共同作業感が生まれるよね。

自分たちはどこまでも静かに、内臓の動きを緩め、音楽を妨げない呼吸をする。

無と無が協力して大きな無のドームを作る。

やがて、一緒に海の底から舞台を見上げている感覚がやってくる。

空気の無い静かな場所から、それぞれが触角を伸ばして音楽を吸収しているような。

そんな人とは往々にして拍手のタイミングも気が合いますね。

意外に拍手が情熱的だったりしてね。

あなた・・友達になりましょう!たぶんもう一生会わないけれど、生きている限りあなたは私の心の友だ!

と私の中のジャイアンは炸裂しつつ、無言で帰宅する。

 

そんな美しい体験をまたしたいなあ。

もちろんそうそうは無いけれど。

座ってるだけでうるさい人っているよねえ。

ガサガサゴソゴソもしてないんだけど、気?波長?がうるさいっていうか?

まあ自分も外から見たらそうかもしれないしな。

 

ともあれ広々とした客席への憧れ。

でもね、採算が取れないんだからね。いいことじゃないんだろうけど。

いやあうらやましいなあ。

あの空間でハッピーなモーツァルトや、手応えブリブリのブラームスのセレナード聴くってどんな感覚だろう。

 

明日はクラシック音楽館

わくわく!

久しぶりのN響定期公演の速報。

本日のコンサート翌日の撮って出し。

わくわく!

 

N響n響と書いた途端に感じるこの数式の雰囲気は一体なんだろうね。

nに何を代入するのか。

 

思えばN響アワーとの出会いは中学一年生くらい?

父親が蒸発し、借金取りからじゃんじゃん電話がかかってきていたあの頃。

親戚の家やおばあちゃんの家を転々とし、大好きな自分の部屋があった家を出て、今時汲み取り便所の、長屋に引っ越しを余儀なくされたあの頃。

ブラウン管のテレビで、寒くても暖房はつけないで、布団にくるまって食い入るように超集中してN響アワーを見たなあ。

あの頃は自分の息さえうるさかった。

飲み物を飲むときの喉のうるささ。

そんなシリアスな自分と池辺先生のギャグとのハーモニー。

いやあまじで寒かったなあ。

 

月日は流れて年相応に鈍感になり、ギンギンに集中しなくても楽しめるようになった。

退化したなあ。

こんなに退化した神経でも耐えがたきはサラリーマン人生かな。

くそう。

 

今日の一首

常よりも呑み込む言の葉多き日は すべての具材を千切りにする

 

 

 

集え獣どもの藪

今更。おすすめに出てきたのでつい見てしまっている。

すゑひろがりずのゲーム実況。

 

元々どうぶつの森シリーズは懐かしのゲームキューブ時代からやっていたし、

最近めっきりシュールとかおしゃれな笑いでは笑えないんだよね。

ちょっと前のネタ番組でもうーん?となっていたところ、

すゑひろがりずで爆笑。

でかい声でちょっと変なこと言われるのが一番面白い。

昔はねぇ、もうちょっと趣味が尖ってたんだけど。

今は、♪おおむっぎ~♪わかばっの~♪やまもっと~♪かんぽう~

で笑う。

照英、高田延彦あたりも弱いね。

 

で、もちろん実況内容も面白いんだけど、

気になるのは、お二人があんまりというか全然というか

どうぶつ、あ、いやいや獣のセリフを読まないこと。

もちろんこの世に文字読む派と読まない派がいることは、皆さん周知の事実ですけれども。

注意書きから看板から広報から、興味の濃淡に関わらず、

書かれてしまうととにかく読みたい派としては、

読まない人って、こんなに読まないんだな・・・と新鮮。

何書いてあるか気にならないんだな~。

 

ついつい読んでしまう派としては、

美術館行った時とか、頑張って意識しないと絵をほとんど見ないで進んじゃいそうだもんね。

横の解説とか、展示室ごとの入り口にある年表とかを読んじゃって。

次こそ、次の絵こそ字より先に絵を見るぞ・・・!

という固い決意でいつも通路を歩いている。

 

旅行に行くと大変だ。

旅行なんか行ったら、その土地の歴史、町の歴史、神社縁起、観光情報、宿のご飯のおしながき、朝から晩まで読みっぱなし。

読んでる間待っててくれる人じゃないと一緒に行けない。

そして私には読みたい欲と同時に、要約したい欲があるので、

一緒に行った人は待たされた挙句、一演説聞かされることになる。

アーメン。

アーメン?

おおらかな人が、なんか教えてくれて便利~と思ってくれるといいな。