もうこのままでは生きていけない

37歳。女。主人は20歳年上。東洋の占い勉強中。

サスペンスはあなたのとなりに

「なあ、何年か前さ、斎藤さんっておったやんか」

「ああ。そうやったかな」

「うん。あれ?何回か喋ったことなかった?」

「どうやったかな。分からん。知らんな」

 

少し曖昧さが過剰に感じて、私はクイックルワイパーから目を上げる。

彼はテレビを見るでもなく、スマホを見るでもなく、

自分のズボンの膝あたりに目線を落としている。

 

彼は基本的には開放的な性格で、ラッセンの描きそうなビーチみたいな波長の人だ。

私はといえば、他に観光するところのない田舎の鍾乳洞というか、

それなりに見どころはあるが、通り道は狭く、明るさはない。

彼の広々とした、穏やかな波長にはよく助けられる。

それが、どうもいつものビーチではない。

だいぶ北上したな。新潟くらいの海じゃないかな。

 

視線を感じていた彼が、私を見据えながら顔を上げていく。

さあ、聞くの?とでも言いたそうに。

 

いや、聞くの?って言われても。

何を聞くと思ってるの?

私は他愛ない思い出話をするだけのつもりだったんだよ。

なぜハワイが新潟になるの?

何があったの?

 

黙ったまま彼は首をかしげ、

裏拍のタイミングで私も反対方向に首をかしげて、

「なに」と彼がちょっと笑う。

「なんだろう」と私が言う。

 

知らないと君がうつむくその首の角度が五度ほどいつもと違う