サスペンスはあなたのとなりに
「なあ、何年か前さ、斎藤さんっておったやんか」
「ああ。そうやったかな」
「うん。あれ?何回か喋ったことなかった?」
「どうやったかな。分からん。知らんな」
少し曖昧さが過剰に感じて、私はクイックルワイパーから目を上げる。
彼はテレビを見るでもなく、スマホを見るでもなく、
自分のズボンの膝あたりに目線を落としている。
彼は基本的には開放的な性格で、ラッセンの描きそうなビーチみたいな波長の人だ。
私はといえば、他に観光するところのない田舎の鍾乳洞というか、
それなりに見どころはあるが、通り道は狭く、明るさはない。
彼の広々とした、穏やかな波長にはよく助けられる。
それが、どうもいつものビーチではない。
だいぶ北上したな。新潟くらいの海じゃないかな。
視線を感じていた彼が、私を見据えながら顔を上げていく。
さあ、聞くの?とでも言いたそうに。
いや、聞くの?って言われても。
何を聞くと思ってるの?
私は他愛ない思い出話をするだけのつもりだったんだよ。
なぜハワイが新潟になるの?
何があったの?
黙ったまま彼は首をかしげ、
裏拍のタイミングで私も反対方向に首をかしげて、
「なに」と彼がちょっと笑う。
「なんだろう」と私が言う。
知らないと君がうつむくその首の角度が五度ほどいつもと違う